現在、「植物工場」は第3次ブームを迎えていると言われている。しかし、その約7割が赤字経営もしくはトントンで、撤退や倒産する企業が相次いでいる。このような中、植物工場における新たな栽培方法で勝負に挑んでいるのが昭和電工だ。同社にその特徴と開発の経緯を聞いた。
赤色や青色のLED(発光ダイオード)照明の下で元気に育つレタスたち――。
これは昭和電工と山口大学農学部の執行正義教授が共同開発した高速栽培法「SHIGYO(シギョウ)法」が用いられた植物工場の様子だ。
「照射する光を制御することでコストダウンと高付加価値化を実現し、より多くの植物工場のオーナーに黒字経営を成功させてほしいと願っています」と、植物工場向けLEDシステム事業を手掛ける昭和電工・事業開発センターグリーンイノベーションプロジェクト(GIP)の営業グループマネージャー、荒博則氏は語る。
植物工場の利点については、無農薬栽培が可能なため、野菜を水でほとんど洗う必要がない、形や重さなど品質や規格を一定にできる、栄養成分をコントロールできる、天候によって生産が左右されないなどが挙げられる。
2009年に農林水産省と経済産業省が共同で、「農商工連携植物工場ワーキンググループ」を立ち上げたのをきっかけに、植物工場の第3次ブームが起こった。巨額の補正予算が下りたこともあり、多くの企業が植物工場事業に参入した。
しかし残念ながら、現在その約7割が赤字経営もしくはトントンで、撤退や倒産する企業が相次いでいる。最大の理由は、野菜の単価が安い割に、工場設置のための導入コストと維持・管理コストが高いことだ。要するに採算がとれないのである。
このような中、植物工場における“新たな栽培方法”で勝負に挑んでいるのが、昭和電工だ。新たな栽培方法とは「SHIGYO法」と呼ばれ、山口大学農学部の執行正義教授の名字を取って命名された。
そもそも植物の光合成には光の3原色である赤色、緑色、青色のうち、赤色と青色の光が使われていることがわかっている。それに対しSHIGYO法では、野菜に赤色の光のみを12時間、次に青色の光のみを12時間、交互に照射する。それにより、野菜は従来の植物工場で使われていた蛍光灯に比べて成長速度が大幅に向上するという。
「例えば、フリルレタスの場合、従来の蛍光灯による栽培では収穫までに42日間かかるのに対し、SHIGYO法であれば32日間で収穫できます。また同じ日数で大きさを比較した場合、約2倍になります。しかもLED照明なので、電気代は単位時間当たり約2分の1で済みます」と荒氏。
野菜の種類によって成長速度に差はあるものの、総じてSHIGYO法の方が速いという。こうした成果によりSHIGYO法は革新的な栽培方法として認められ、2015年7月に周辺特許を含め15件の特許を取得した。
近年の研究によれば、植物は赤色の光によって養分を蓄え、青色の光によって組織を形成することがわかってきている。蛍光灯の光には赤色と青色の両方の波長の光が含まれるが、動物同様、植物にとっても睡眠は非常に重要で、野菜に蛍光灯の光を24時間当て続ければよいというものではない。それだと成長速度はかえって下がってしまうのだ。そのため、定期的に工場内を暗くして、野菜に“睡眠”をとらせる必要がある。
一方、SHIGYO法では、24時間、赤と青のいずれかの光を当て続ける。それにもかかわらず、逆に成長速度が上がるというのはこれまでの常識を覆すもので、執行教授によるこの発見は、多くの植物の専門家に驚きを与えた。
実は発見の背景には、執行教授の研究室の学生による実験ミスがあった。本来であれば、レタスに赤色の光と青色の光を同時に12時間当て、その後、12時間は暗くして、成長速度を確認する予定だった。だが、学生がタイマーの設定を間違えて、赤色の光と青色の光を交互に当ててしまったのだ。
「現在のところ、SHIGYO法で成長速度が上がる理由についてはわかっていません。また、レタスやホウレンソウ、小松菜など野菜の種類によって、最も成長速度が上がる光の照射のサイクルや、赤色と青色の光の比率も異なります。そのため、執行教授の研究室では現在、メカニズムの解明に向け研究を進めているところです。メカニズムが解明されれば、SHIGYO法のさらなる向上につながると期待しています」と荒氏。
実はSHIGYO法の前に、特筆すべき昭和電工の功績があった。それは同社が2009年に開発に成功した、660ナノメートルに波長のピークを持つ赤色LEDの存在だ。
LED照明の特徴は、太陽光や蛍光灯の光とは異なり、特定の波長の光のみを出せる点にある。光合成に最適な赤色の波長は660ナノメートル、青色の波長は450ナノメートルであることが知られており、SHIGYO法ではこの2つの波長を組み合わせて照射する。
しかし、昭和電工が植物工場向けLEDシステム事業に着手した2008年当時、660ナノメートルの波長を持つ赤色LEDの開発は不可能だというのが、業界の定説だった。
当時、昭和電工はLED事業の業績悪化にあえいでいた。同社は元々日本で最初にLEDチップを開発し実用化を果たした化学メーカーで、赤色、黄色、赤外光のLEDを中心に製造・販売を行っていた。
ところが1993年当時、日亜化学工業に在籍しており、後にノーベル物理学賞を受賞した中村修二氏が高輝度の青色LEDの製品化に成功した。それにより、LED市場の9割以上を青色LEDが占めることとなった。加えて、2008年のリーマンショックが追い打ちをかけ、昭和電工のLED事業は窮地に立たされたのである。
そこで、赤色LED市場の新規開拓に乗り出し、昭和電工が目を付けたのが植物工場だった。
「ところが、すぐに不思議なことに気付きました。LEDの電気代は蛍光灯の半額で済むにもかかわらず、既存の植物工場はいずれも蛍光灯を採用していたのです。調査した結果わかったことは、既存の赤色LEDでは蛍光灯に比べて成長速度が遅いため、採算がとれないということでした」と荒氏。
光合成に最適な赤色の波長は660ナノメートル。ところが、既存の赤色LEDの波長は640ナノメートルが最長だった。唯一、バーコードリーダーの光源として660ナノメートルの赤色LEDが使われていたものの、これで植物を育てるには輝度が低すぎた。
それに対し、昭和電工はたとえ不可能と言われようとも、高輝度かつ660ナノメートルの波長を持つ赤色LEDチップを開発するしかないという決断を下した。
「日本初のLEDチップメーカーとしてのプライドをかけて、開発に取り組む決意をしたのです」と荒氏は語る。
そして努力の末、2009年、昭和電工は開発に成功。同年4月、この結果を発表した同社の元には問い合わせが相次ぎ、その数は300社を超えた。
「それだけ世の中が強く待ち望んでいた製品だったのだということを痛感しました」(荒氏)
とはいえ、LEDチップを単体で供給するのではビジネスとして面白みがない。そこで、国内の照明メーカーに頼み込み、植物工場向けに赤色LEDと青色LEDを組み合わせた照明器具を開発してもらった。赤色と青色の比率は、当初光合成に最適と言われていた3対1にした。
さらに、開発した植物工場向けLED照明の効果を確認するため、日本国内のあらゆる大学の農学部を回り、LED照明を配布。栽培実験を実施してもらった。その結果、野菜の種類によって成長速度に大きな差が出ることがわかった。
そこで、荒氏は今度は赤色と青色の比率を自由に変更できるLED照明を新たに開発してもらい、再び大学の農学部に配って回った。その中で、執行教授の研究室での思わぬ大発見があり、それがSHIGYO法につながったというわけだ。
最近ではSHIGYO法により、成長速度だけでなく味や栄養成分のコントロールもある程度可能なことがわかってきた。現在、昭和電工では植物工場での野菜栽培技術のさらなる向上を図ると同時に、単にLED照明を売るのではなく、SHIGYO法に基づく植物工場の事業化の検討から稼働までを全面的にサポートしている。
これまでに同社が手掛けた植物工場は全国で35カ所で、いずれも評判は上々とのこと。
「たとえば、最近、設置した岐阜県の植物工場では、露地物に比べて苦味が少ないレタスということで、高値で近隣のレストランなどに納品されているようです。大きな手応えを感じています」と荒氏。
現在のところ、光の照射の仕方によって生産性と品質をコントロールできるのはSHIGYO法のみだ。昭和電工ではこの独自性を武器に、植物工場向けLEDシステム事業を拡大し、同時に執行教授とともにSHIGYO法のさらなる性能向上に取り組むことで、植物工場の黒字経営を支援していく計画だ。